Hush and the endroll

廻り、巡る、その核へ

生まれてきた事実が生きる意味だということ

『手離さない 嘘ではないけど 時が過ぎてやがて片手だけ離していた

通りすがりの価値観 目の前で揺れている

It’s distant you and me oh memories

I prey here forever, who is it for?』

「Autumnal gloom」SEVER BLACK PARANOIA 

 

 

31歳の独身、結婚の予定も特に無し

食品や医療工場向けの産業用機械の外資系メーカー商社の技術営業職

毎日客先で機械をいじったり、商談

自社工場での製品テストなど色んなものに追われ、忙しなく日常に追われてる平凡なサラリーマン

 

昔から音楽、漫画、小説が大好きでハマるととことんハマるクチなので、そこら辺の人よりも一定の分野においては詳しい自信もある

まぁ趣味みたいなもんすわ

 

そしてここ数年ハマってるもの

 

それはサウナ

 

きっかけは3年ぐらい前によっぴーの交互浴の記事を見て、元々お風呂は好きだったので銭湯に行くようになり、交互浴の虜になった

色んな銭湯に行ったけどその時はサウナには全然入らなかったし、興味もなかった

時々入ってはいたが、お湯が熱いのは好きだけど、空気が熱いのに馴染めず

「普段より高いお金出してわざわざサウナに入るまでもないな」

って思ってた

 

 

色んな銭湯や温浴施設に行き始めて約1年後、

家からも近いTHE SPA西新井に行った時、

お湯に浸かってると

「今から熱波始めます〜!!サウナ室に集まってください〜!」

という声が聞こえてきた

 

熱波とはなんぞや?

 

何となく気になり、まぁ追加料金もないし、とサウナに入る

 

ぎゅうぎゅうのサウナ

 

辛うじて1段目のヒーター前が空いてたからそこに座る

そして説明が始まる

 

あ〜ロウリュってやつか

なんか聞いたことあるなぁ

タオルで扇ぐとか店員さん大変だなぁ

 

そしてサウナストーンにアロマ水をかける

 

 

 

 

 

 

 

めちゃくちゃ熱い!!!!

 

なんだこれ!!

 

 

 

一気に噴き出す汗、皮膚の痛み、荒くなる呼吸

 

えっ

 

ここから更に108回も扇がれるの?

(ここは1列に対し108回扇ぐスタイル)

 

死ぬんじゃないか??

 

 

予想通り、めちゃくちゃ辛かったです

 

何とか命からがら108回を耐えて終わった瞬間外へ飛び出す

 

そしてかけ湯して即水風呂へダイブ

 

 

 

 

 

 

この瞬間、押し寄せる多幸感と清涼感に犯されて

 

何も考えることが出来なくなって

 

俺イッてないよなぁ?

 

と不安になるほど気持ち良くて

 

脳内麻薬がドバドバ出てるんじゃないかと思うほど快楽の波が押し寄せてきた

 

 

水風呂にそのまま溶けそうになったので上がって、ベンチで休んでると心地良い疲労感に襲われて

すごい幸せな気分だったのを覚える

 

 

そこからはもう狂ったようにサウナにハマっていった

 

多い時は週5とかで色んなサウナに行ってたけど、

やっぱ汗をかくとそれなりに体の負担も大きくなるし、金銭的な問題もあるから今では週2ぐらいのペースに抑えてる

禁欲が快楽を育てるんだよ

 

幸い僕が住む足立区からアクセスしやすい場所に良いサウナが一杯あるから助かってる

 

草加健康センターは全てにおいて平均点がとんでもなく高くていつ行っても満足出来る

 

サウナセンターは初めて行った時とんでもなく熱いサウナ室に5分もいれなくて即水風呂に入ってとんでもないあまみ(血流がよくなり皮膚が斑状になる)に襲われたし

 

静岡のしきじに行った時は水風呂のあまりの気持ち良さに自分の体と水風呂の境界線がわからなくなり

 

ひろいサウナでは和彫りの人たちに囲まれて緊張感の中120度のサウナで焼かれたり

 

アスティルのオートロウリュの綺麗さに心奪われたり

 

北欧の外気浴でリクライニングに寝っ転がってる時よだれ垂らしながら寝てしまったり

 

 

色んなサウナに行ったけど何だかんだどこ行っても満喫してます

 

知り合いにサウナのどこが良いのか聞かれる時いつも例に出すのが

 

サウナ=前戯

水風呂=挿入

外気浴=賢者タイム

 

と言うんだけど、悲しいかなまだ誰にも理解してもらえない

 

 

 

最近サウナがブームになりつつあり、良いことだなって思う

流行れば温浴施設は更にサウナに力を入れるだろうし、界隈が盛り上がってイベントも増えるだろうし

 

 

ただ個人的に”ととのう(ととのった)”という言葉は好きじゃないし、その事自体が悪い訳じゃないがそこに固執してサウナに来る人とは俺は合わないし、合わせようとも思わない

サウナに対するリスペクトが足りない

 

その人は、その過程に至る自分へ自己陶酔してるだけだよ

 

俺はそこにサウナと水風呂があればそれだけで満足だよ

 

俺の日常はサウナに救われてる

 

 

 

明日はどこのサウナに行こうかなぁ

 

 

 

 

 

『見飽きた夢で目が覚め

君を産んだ秋 思い出しても罪?

汚れたままの毛布にただ沈んでいくBaby

Should throw away

狂おしい程のDesire

紙切れと死のレート

満ち欠けdisappear』

 

 

 

 

Grotesque for the golden age

『アイツの幸せ喜べますか?あのコのもの欲しがってませんか?果たして自分は特別ですか?

It’s me,why don’t you kill me?』

「グロテスクfeat.安室奈美恵平井堅

 

 

ふと考えると僕の人生は常に”劣等感と嫉妬心”に苛まれ、常にこの2つに付きまとわれている

 

小学生〜高校上がるまでは水泳をやっていて背泳ぎの選手だった

週5日、ハードな練習をして、合宿ではゲロ吐くまで泳いで、ひたすら泳ぎ続けた

だけど大きな大会では1位になることは出来ず、年下の選手にも負けるようにもなった

 

ひたすらに泳ぎ続けても才能が無い人間は自分より才能がある人間には勝てず、更に才能のある人間は努力もけして辞めず前に進み続けてた

 

高校生になる前に受験を理由に辞めた

泳ぐことは好きだったけど、それ以上に結果を出せない自分に向き合えず、耐えられなかった

 

 

高校に進学し、バンドが好きだったので軽音楽部に入ってドラムを始めた

ドラムを始めた理由は手先が不器用でギターやベースは出来ないと思ったし、ボーカルは人前で歌うなんてとても出来ないと思ったから

 

完全に初心者だったけど楽しかった

 

家で雑誌を叩いて練習したり、毎週末に近所のスタジオに行って個人練習をしたり

 

初めて人前でドラムを叩いた時、際限無い絶望と劣等感に襲われた

僕が延々と大して速くも無い8ビートをするような曲にチグハグながらも2〜3ヶ月かかったのに対し、周りの同期のドラマーは全然僕より難しい曲を普通に叩いてた

 

僕より努力したのかもしれない、でも僕もドラムが好きになって毎日スティックを握って練習したし、努力をしたという実感があった

 

 

それだけに悔しさしか残らなかった

 

 

母親に頼み込み、バイト代で返す約束をしてドラムセット型になったパッドを買ってもらい(エレドラは片親で妹も2人いる貧乏で無理だった)

毎日夜10時までひたすら叩いた

本当に家にいる時はずっと叩いてた

 

ひたすら自分の好きな曲、バンドでやる曲をコピーして、休みの日はスタジオで2時間個人練習して、ドラムの教則本の内容をずっと練習した

 

3年になるころには一通りのことは出来るようになり、曲のコピーも殆ど苦戦せずに出来るようになった

 

それでも俺は劣等感や嫉妬心に苛まれ続けた

理由は簡単

同期が俺より上手いから

 

ある時同期に練習の事を聞いたら

「殆どしない、むしろギターを練習してる」

と言われた

 

絶望しか無かった

 

自分の身の丈を知った

 

それでもドラムが好きだったから

みっともなくしがみつき、練習して、バンドを続けた

 

 

 

大学に入り軽音楽サークルに入った

やっぱりバンドをしたかったし、3年間ずっと続けて自信もあった

 

そこでも劣等感と嫉妬心は俺に付きまとってきた

 

1人、どーしても勝てない奴がいた

 

そいつも高校からドラムを始めたらしいが

めちゃくちゃに上手かった

しかもベースもギターも普通に弾けるようなやつだった

 

どうしてドラム一本でやってきた俺は何も持ってないのに、ギターやベースにうつつを抜かすお前らが持ってるんだよ?

 

どうしてドラムが好きでドラムだけひたすらやってきた俺より、お前のほうがドラムが上手いんだよ?

 

 

 

 

ふざけんなよ

 

 

 

僕は先輩のバカ上手いドラマーの人に弟子入りして、色々教えて貰ったり、個人練習もしたけど結局ドラマーとして評価されたのはソイツのほうだった

 

バンドと並行して大学、大学院では研究の面白さもしり研究に励んだ

 

学部の卒論では結局賞は貰えなかった

 

大学院に進学してからは

 

平日は大学で講義、空いてる時間は既往研究の文献調査、自身の研究作業、土日祝日はバイト

 

本当に忙しかった

 

他の大学院生を纏めたり、勉強会を実施したり、

教科書も教授の話も全部英語の講義を受けたり

 

学費も自分で出してた為、バイトもずっとしてたし、海外の現地調査にも行って、最長で半年近く海外で調査した

 

全研究科で3名しか貰えない給付型奨学金に選ばれたり、修士課程でありながら学内の研究予算を貰えたり、博士課程への進学を色んな教授から勧められたりした

 

 

 

それでも結果として僕は1番にはなれなかった

 

修士論文の最優秀賞は海外からの留学生が貰った

 

僕は優秀賞だった

 

クソ暑い中発展途上国のスラムや農村で住み込んで調査をして、

変なウイルスにかかって病院に運ばれたり、

学会にも出席して最新の研究情報も手に入れたり、

体調崩しながらも論文は完成させて、38度の朦朧とした意識で論文を提出して

発表は所属研究室の教授と仲が悪い教授の嫌な質問も乗り切った

 

 

それでも1位にはなれなかった

 

 

 

就職してからも同じだった

前職の頃はまだ良かった

かなりキツい労働環境だったけど結果も残して評価もされた

自分に合っていたのかもしれない

 

 

現職では常に劣等感と嫉妬心に苛まれてる

 

必ず必要なことをしてるのに、周りの人は分かってくれても上はそれを評価してくれないし、

チャンスを作って数字を上げようとしても僕の性格のせいか部長からは期待されておらず、全て後輩にそれを回されて結局は後輩の数字になる

 

数字以外の面で役立とうとしても、他の人に回されて結局は僕にはガキのお使い程度のことしかさせて貰えない

 

 

もう疲れた

 

昔のように劣等感や嫉妬心をバネにして頑張る体力なんてもう無いよ

 

 

 

 

こんなツラツラ書いてる内容が結局は報われない自分に対する自己陶酔だってことも分かってる

 

 

 

でも自分以外のだれが俺を肯定してくれるの?

 

いないじゃん、そんな人

 

もう俺には俺しかいないんだよ

 

 

疲れた

 

 

 

 

凡人の自分に俺の性格は辛すぎる

 

 

 

救いが欲しい、誰か楽にしてくれ

 

 

 

 

 

 

 

 

『グロテスクな自分愛せますか?本当は泣きたいんじゃないですか?今を生きるパスはお持ちですか?

It’s me,why don’t you kill me?』

 

普通に生きて普通に死ぬのが1番難しい

『護るために血は流れ、護るために殺し合っている

そんな日々が続いていた、終わらないと思っていた』

「from the end」 lynch.

 

 

僕が仲良くしてる女の子がいる

ひょんなことから知り合いになり、何だかんだ4〜5年の付き合いになる

別にお互いに異性としての好意はないし、今後もそんな仲に発展するようなことは無いと思う(お互いに独身だけど)

 

彼女は僕の一個下で今就職活動をしてる

そして今まで正社員になった事がない

 

 

そんな彼女からどうしても職務経歴書が書けないという相談を受け、会いに行き職務経歴書の添削をすることになった

 

今迄の派遣の仕事やアルバイトをもとにあーだこーだ上手く盛って完成させた

結果殆ど僕が書いたのだけど、我ながら上手く出来た

転職コンサルに向いてるのではとすら思った

 

職務経歴書の作成が終わり彼女と駄弁ってる時、

「普通に生きるってめちゃくちゃ難しいんだね」

って言った

 

「普通」って何なんだ??

誰が普通の基準を証明してくれるんだ??

 

 

 

僕は公立の小中学校、高校を出た後私立の大学に行き、そのまま大学院に入り、修士課程を修了して一部上場へ入社し深夜まで働いて、部長に殺すぞと言われながら働き、5年後に外資の産業機械のメーカー商社に転職して、客先に1月2日から呼ばれたり、2週間軟禁されたり、円形脱毛症になったりした

そして30歳を越えて独身貴族を謳歌してる

 

 

 

これが普通なのか?

 

少なくとも僕が思い描く普通とはかけ離れてる

 

じゃあ僕が思い描く普通は貴方にとって普通なのか?

 

多分違うんだろう

 

価値観も成長した環境も違う人間の感じる普通なんて決して同一になんかなりはしない

 

それでも無理矢理”普通”という二文字のクライテリアに収めようとする

 

じゃあその”普通”はこの世の誰が当てはまるのか?

 

きっとそんな人いないんだろう

 

僕の普通は貴方にとって普通じゃなければ

貴方の普通は僕にとって普通じゃないんだ

 

 

 

普通なんて時代とともに偏差する曖昧な幻想なんだろう

 

だからこそ僕らは普通に安寧して、焦がれ、求めてる

普通を求める度普通から離れていく

その行為が普通じゃないから

 

 

そして願わくば、彼女が少しでも僕から離れて普通に近づければ良いなぁと思う

きっと正しい普通の答えは主観の中にしかないんだから

 

 

 

 

 

『護るために血は流れ、護るために殺し合っている

叫び続け 泣き続け なにも変えられなくても

二度と来ない明日を願う』

 

 

 

 

 

 

色付く世界の片隅で震えてる腕で花を抱く

『共鳴の中で笑う二人 バター香る部屋で

競争の日々がいつの間にか襲う悲しきストーリー』

「シンプルストーリー」 ACIDMAN

 

 

時々、自分の醜さ、未熟さ、自制心の無さをひどく痛感して、嫌になる

昔から負けず嫌い、悪く言えばプライドが高い

 

営業という仕事をしている以上「数字」は必ず付いてくる

産業用機械の営業は「予算」という形で明確に数字が出てくるし、その桁も扱う商材が商材だけに大きい

数字で明確に自分の立ち位置、求められている在り方が理解しやすく何ら不快感は無いし、寧ろ良いとさえ思える

 

ただ正直なところ僕は今年に入ってからあまり数字がよろしく無い

そんな中仲の良い後輩がここ3ヶ月、ゴリゴリ数字を上げてる

もう既に今期の予算を達成してるんじゃないかと思うぐらいに

 

 

 

 

心の底からイライラするし、ムカつくし、殺したいとすら思うこともある

 

 

前その後輩に

「良いなぁ〜最近めっちゃ売ってて」

て言ったら

「いやこれ殆ど部長や課長の案件ですから…」

って返ってきたけど

そんなの関係ないんだよ

実情はそうなのは知ってるし、そうだとしても、数字としては後輩に残る

対外的に見ればそいつは売ってるし、俺は売ってない

そもそも俺には課長案件はきても、部長案件は回ってこない

理由は明確

「俺は部長がハッキリ言って嫌いだし、社内営業も得意じゃないから」

たかだか中小企業じゃそれが命取りなんだろうなぁ

 

とにかく嫉妬に狂ってる

 

僕の扱ってる商材はかなりというか、めちゃくちゃ難しく、1年や2年で知識を網羅することは不可能に近い

 

その後輩からよく電話がかかってきて

細かい仕様の質問やトラブル時の相談をされる

 

俺はその電話で分かる範囲で教え、アドバイスする

 

ひどく虚しい

 

機械の事、仕様の事、電気の事、機能の事、トラブルシューティング

かなり勉強した

売るには商材を理解しない限り売れないという思ったから

 

結果として知識ばかりで特に秀でた数字も上げられない頭でっかちになってしまった

 

だから心の底から思う

 

 

 

 

いつか俺がこの会社の人全員を数字でぶち殺す

 

 

 

絶対にぶち殺す

 

 

 

怒りは原動力だ

 

 

嫉妬心はガソリンだ

 

 

俺は俺の為に俺を守る為に

 

 

進み続けるし、殺し続ける

 

 

もう自分を嫌になるのは嫌だ

 

 

負の感情を抱え、爆発しそうな感情を抑えながら、今夜も狂いそうな夜を過ごしてる 

 

 

 

 

『君は虚ろな目とかすれきった声でこう呟く

「未だ花は咲いていますか」と「その手で抱いていますか」と

行こう、次の世界へ

僕は爪を剥がして

空を掴んで』

 

 

深い川

『残響映す流浪の過去 不整脈の現実を見つめる使徒

終わり亡き日差しは眩い程残酷で』

「流転の塔」 Dir en grey

 

Dir en greyの「Dum Spiro Spero」は全人類が掛け値無しに賞賛する超絶名アルバムであることは間違いないし、Dir en greyが長年のバンド活動の中で真理に最も深いところにある超構築系聴くとめちゃくちゃ疲れるアルバムなんだけど、それは一旦置いといてこのアルバムを聴くといつも僕は脳内にタイの景色を思い浮かべてる。 

何故ならこのアルバムが発売された2011年8月、アルバムの発売から確か2日後ぐらいから僕はタイに約半年程大学院の研究で住んでたから。

 

だからこのアルバムを聴くと思い出すのは、

バンコクの露天商で買って食べたマンゴーだったり、

タイ東北部の農村で漕いでいた木のブランコ、

タイ中部の農村の謎の祭り、

バンコクのショッピングモールの前で寝て警備員に起こされたり、

土砂降りのスコールの中いきなりタクシーを降ろされて茫然としたこととか…

思い出は沢山あるし、ディルのアルバムをずっーと聴いてたから本当に聴くと当時のことを思い出す。

アルバム自体も何となく東南アジアっぽい雰囲気あるしね。

 

思い出の中でひときわ印象に残ってるのは東北部の農村での寺院の光景だ

 

夕方の4時頃、蒸すような暑さに纏わり付かれながら案内された寺院

扉の奥には黄金に輝く仏像と備え付けられたロウソクや食料

そしてその前には多数の人が、ひたすらに、拝み、何かを唱え、縋るかのように祈りを捧げてる

その光景を見て僕はその神々しさや、敬虔な雰囲気に飲まれ、鳥肌が立ったのを今でも覚えてる

 

日本は世界的には珍しく無宗教が多く、タイは南部を除きその殆どがブディストだ

「祈る」という行為は日本では日常的なものではなく、参拝時に個々で勝手に祈ってるぐらいしか見る事はない

 

後にも先にも本当の意味での「祈り•祈祷」を見たのはあの時だけだ

 

暑い中、硬いタイルの上で正座をして、手を合わせひたすらに祈る

そこには祈祷という行為を通して顕在化した信仰心が濃く満ちていたし、今まで遭遇したこと無いパワーにとてつもなく圧倒された

 

何となく、何故宗教が対立するのかというのが言葉には出来ないけど、肌で感じとれたと思う

 

今でもその時の光景は焼き付いてる

 

バンコクからバスで7時間、さらに幹線道路からも5kmぐらい離れた地方の小さい農村

閉鎖性の高い立地だからこそ、飽食とは無縁な環境だからこそ、人は何かを頼りに、縋ることで生活を成り立たせてるのかもしれない

 

ちなみにタイにいる時に読んだ遠藤周作の「深い川」、ばちくそに名作です

ぜひ死ぬ前に読んでほしい一冊の1つです

 

ちなみにタイから帰国した僕を待ち受けていたのは携帯料金15万円という地獄でした

 

とりあえずDir en grey 最強っていう話

 

 

『忘れたくない流浪の過去 不整脈の現実を見つめる死と

終わり亡き日差しは眩い程残酷で

喉を鳴らす未来 お前も振り返れない』

 

その行方、死生を辿る

『もう二度と会えないなんて信じられない

まだ何も伝えてない

まだ何も伝えてない』

桜流し宇多田ヒカル

 

 

年末年始は高校の友人、大学の学部の友人、サークルの友人、前職の同期などなど色んな人に会った

まぁ大体30歳前後の人だけど、この年になると話題で出るのが結婚や仕事の事はもちろんだけど、人の死に関することだ

 

幸いなことに僕の友人で死んだ人間はまだいないけど、知り合いで〇〇が死んだ、自殺したという話は出てくる

 

身近な人も約20年前に父親が死んで以来亡くなった人はいない

 

父親は僕が中1の時に32歳という若さで亡くなった

今でも覚えてる

中学校で放課後HRをする前にいきなり担任に呼ばれ

「今すぐ帰りの準備をして〇〇(当時の友人で学校の隣に住んでた)の家にいけ」

と言われた

 

担任のただならぬ雰囲気があったせいかもしれないけど不思議なもので

(あぁ…近親者で誰か死んだんだなぁ)

と何となく思った覚えがある

 

そして友人の家に行き、父親が死んだ事を聞かされ泣いた

その後は母親の友人が僕を車で迎えに来て病院に行き霊安室で眠るように横たわる父のそばで母親と妹2人が泣いていた

 

今でも父の明確な死因は知らない

今後も母親に聞こうという気もない

ただ断片的に残った記憶を辿る限り自殺だったのだろう

電気工事士で設計もやっていた父親は帰りも遅く、平日はあまり家にいた覚えもない

所謂過労死なんだろうなぁ

 

そして僕は2月に31歳になり、来年の2月には父親と同い年になる

そしていつしか父親の年齢を超えていく

それが昔から怖かった

理由があるわけじゃないけど何となく怖い

 

 

僕は昔から色んな人に

「早死にしそう、不健康そう」

と言われてた

自身でも何となく言われる意味は分かるし、そうだと思う

きっと父親のことがあって30歳、40歳の自分が全くイメージ出来なかったことが起因してるんだろう

それでも僕は30歳になり、今のところ死ぬ予定はない

だらしなく、時間や物事にもルーズで未だに悪い意味で子供っぽいと言われ、自覚もしてるような大人になってしまったけど、このまま時間だけは無条件で流れ更に年を重ねてく

そしていつか死ぬ

 

僕が死んだら葬式はしないで欲しい

呼ばれるほうもきっといいもんじゃない

葬式を執り行うほうもくそ大変だしね

その労力を他のことに使って欲しい

 

それと僕の友達はみんな僕より後に死んで欲しい

死んだら悲しいから

 

もしこの世界にあの世があっていつか父親に会えたなら、小学生の頃のように何があったかを色々話せたならなぁと思う

お互いにタバコを吸い、父親が好きだったサイダーを飲みながらでも

 

 

 

『どんなに怖くたって目を逸らさないよ

全ての終わりに愛があるなら』

 

呼吸を止めて確かめてみる生きていく苦しみをわずかでも

『手当たり次第証明しよう

ひとつの過ちも知らない命のないこと』

「The world」 9mm Parabellum Bullet

 

 

漠然とした不安に時折殺されそうになる

特に仕事に対して

 

「好きなことを仕事にしたい」なんて夢想出来るような猶予はとっくに無くて、

仕事=生きるためのツール

としか考えられず、日々の中自分の時間、精神、肉体をすり減らし生き抜いてる

 

ただ僕は平和に、毎日を穏やかに過ごしたいだけなのに決してそれを許しては貰えない

莫大なお金や地位、名誉が欲しいわけではなく、ただ単に普通に生活したいだけなのに、上手に生きることが出来ない

 

「自分が変われば何か変わるのか?」

と思いつつも、そもそも何を変えればいいのかが分からない

30年生きてきた自分が、自分自身に対して良し悪しを判断するなんてとてもじゃないけど出来ない

それが30年かけて形成されたひとつの答えのようなものだから

 

少なくとも死なない限りはあと30年は働くことになる

お金をもらう代わりに無理難題に振り回され、怒られ、理不尽に打ちのめされ続ける

そして僕も誰かを犠牲にしてお金を貰っていく

 

普通に生きて普通に死ぬことが一番難しいのかもしれない

 

人生は死ぬまでの暇つぶしだ

 

強いて言うならこの世にサウナがあることだけが救いだ

 

 

『目を凝らして焼き付けてみる

明日も僕らが生きていく世界を』