Hush and the endroll

廻り、巡る、その核へ

その行方、死生を辿る

『もう二度と会えないなんて信じられない

まだ何も伝えてない

まだ何も伝えてない』

桜流し宇多田ヒカル

 

 

年末年始は高校の友人、大学の学部の友人、サークルの友人、前職の同期などなど色んな人に会った

まぁ大体30歳前後の人だけど、この年になると話題で出るのが結婚や仕事の事はもちろんだけど、人の死に関することだ

 

幸いなことに僕の友人で死んだ人間はまだいないけど、知り合いで〇〇が死んだ、自殺したという話は出てくる

 

身近な人も約20年前に父親が死んで以来亡くなった人はいない

 

父親は僕が中1の時に32歳という若さで亡くなった

今でも覚えてる

中学校で放課後HRをする前にいきなり担任に呼ばれ

「今すぐ帰りの準備をして〇〇(当時の友人で学校の隣に住んでた)の家にいけ」

と言われた

 

担任のただならぬ雰囲気があったせいかもしれないけど不思議なもので

(あぁ…近親者で誰か死んだんだなぁ)

と何となく思った覚えがある

 

そして友人の家に行き、父親が死んだ事を聞かされ泣いた

その後は母親の友人が僕を車で迎えに来て病院に行き霊安室で眠るように横たわる父のそばで母親と妹2人が泣いていた

 

今でも父の明確な死因は知らない

今後も母親に聞こうという気もない

ただ断片的に残った記憶を辿る限り自殺だったのだろう

電気工事士で設計もやっていた父親は帰りも遅く、平日はあまり家にいた覚えもない

所謂過労死なんだろうなぁ

 

そして僕は2月に31歳になり、来年の2月には父親と同い年になる

そしていつしか父親の年齢を超えていく

それが昔から怖かった

理由があるわけじゃないけど何となく怖い

 

 

僕は昔から色んな人に

「早死にしそう、不健康そう」

と言われてた

自身でも何となく言われる意味は分かるし、そうだと思う

きっと父親のことがあって30歳、40歳の自分が全くイメージ出来なかったことが起因してるんだろう

それでも僕は30歳になり、今のところ死ぬ予定はない

だらしなく、時間や物事にもルーズで未だに悪い意味で子供っぽいと言われ、自覚もしてるような大人になってしまったけど、このまま時間だけは無条件で流れ更に年を重ねてく

そしていつか死ぬ

 

僕が死んだら葬式はしないで欲しい

呼ばれるほうもきっといいもんじゃない

葬式を執り行うほうもくそ大変だしね

その労力を他のことに使って欲しい

 

それと僕の友達はみんな僕より後に死んで欲しい

死んだら悲しいから

 

もしこの世界にあの世があっていつか父親に会えたなら、小学生の頃のように何があったかを色々話せたならなぁと思う

お互いにタバコを吸い、父親が好きだったサイダーを飲みながらでも

 

 

 

『どんなに怖くたって目を逸らさないよ

全ての終わりに愛があるなら』